記録#66 『ビール・イノベーション』第三のビールはビールか?
ここ十数年、発泡酒や"第三のビール"の市場がどんどん大きくなっていく一方で、クラフトビールブームも来てコンビニでもいろんなブランドのビールが飲めるようになりました。
この本は、キリンビールで研究開発のポジションを務めていらっしゃった著者・橋本さんが、ビールの歴史を紐解きながら、そのなかにあるイノベーションを見出していきます。
世界史の中に登場した最初のビールは、固く焼いたパンを煮た汁を常温で数日間発行させ、それを飲む、というものでした。現代のビールのように、ホップできりっとした苦味をつけられるでもなく、味はだいぶ違ったものだったと思います。
初期のビールの味付けははちみつやスパイスが中心だったようで。11世紀後半、イスラム世界とヨーロッパ世界が出会うと、ホップを利用したビールが新たに生まれてきます。このときに、元々あったビールと、ホップビールの間で「どちらが正当なビールか」の争いが生まれます。
さらには、時代は進んで、ビールの上面発酵・下面発酵の間でもどちらが正当なビールかを巡って議論が生まれます。常温で数日寝かせる上面発酵と、10度程度の低温で10日程度寝かせる下面発酵。イギリスのスタウトは前者、ドイツのピルスナーは後者。今は下面発酵が中心ですが、上面発酵もまだまだ残っています。
なにかというと、いまも「発泡酒や第三のビールなんてビールじゃない!」という方がいますが、これも新しいイノベーションを受け入れるための一時的な争いなんでしょうね。
業界の方々の研究心に感謝しつつ、今日も美味しくお酒をいただきます。
良著。
記録#65 『兵庫県の歴史(県史)』
せっかく神戸に引っ越してきたからには、その土地の歴史を多少は学んでおこうというものです。
こんなときには少し硬めの県史の本をパラパラ見ていくに限ります。
- 兵庫はずーっと前から交易のまち、古くは瀬戸内の交易。その後は日民貿易の拠点に
- この広い兵庫の土地は山内、赤松、細川の三家が争いつつも統治してきた街
- 江戸時代に入ると旗本の土地や天領などがバラバラと存在、あえて大きな武将が統治しない・できないような政策の対象に
- 龍野の醤油だったり、灘の日本酒だったり、各地域で名産品が着々と成長
- 明治期以降は外国との交わる神戸と、西の拠点・姫路がそれぞれ中都市・大都市へと発展
少しだけ、学びが深まりました。ありがとう。
記録#64 『大富豪からの手紙』 おじいちゃんから孫へ、よく生きるために。
世界中にファンがいる作家・講演家の本田健さん。新著が出たので読んでみました。
過去の著作のテーマは「お金」「人間関係」あたりが中心で、どの時代・年代でも普遍的な悩みのテーマのこともあって、ずいぶん売れているようです。
小説の形式で進んでいくストーリー。主人公の大学生に、事業を興して成功した祖父から遺産の代わりに届いた9つの手紙。それぞれの手紙には、「偶然」「決断」「直感」などのタイトルが。
家族との葛藤や祖父への憧れを持ちながらももんもんと大学生活を送っていた主人公が、その手紙に触発されて行動を起こしていきます。最初は東京、そこから北海道、最後はブータンへ。
それぞれの手紙の内容、ぜひ本著を読みながらストーリーに使って消化していくのがいいと思うんですが、最後の最後にサクッとまとまっています。
-
- 偶然に起きることはないし、偶然に会う人もいない
- すべてのことには意味があり、それは自分を幸せにするために起こっている
- 決断した瞬間に、その未来は、同時に誕生する
- 最高の未来は、いつも、今の意識の外にある
- 直感は「英知」であり、自分を幸せに導く、ナビゲーションシステム
- 自分にとって何が大事かは、心と体がちゃんと知っている
- 決めた未来は、「行動すること」によってしか、近づいてこない
- 最低限、お金に邪魔されない人生を生きる
- 誰かを幸せにするたびに、 自分の器が大きくなって、 お金から自由になっていく
- 仕事の喜びは、まわりの人を巻き込みながら、関係者全員を幸せにすること
- 世界は、あなたの才能が開花するのを待っている
- 成功するための唯一の方法は、失敗しても挑戦し続けること
- 自分に与えられた命を使い切る
- 本当の幸せは「人間関係で得られる幸せ」 にほかならない
- 最初に、自分から与えることで、「内面的に満たされている人」になる
- 両方が「どちらも正しい」と考えて認め合う
- 運命は決まっていようといなかろうと、自分がやりたいようにやる
- 人生を信頼すること、人とつながる
(Kindle位置:2,471)
こういう本、苦手な人もたくさんいると思います。私もどちらかというと、かなり意識してぐっと手を伸ばさないと読みづらいジャンルです。
それでも一定売れている本なので、自分の周りの人の考え方を学んだり、自分の生活をちょこっとでも変えていく可能性があると思うので、読んでみました。
さっと読めて、言葉をメモしておきたくなる、いい本でした。
記録#63 『デザインの小骨話』
デザインエンジニアの山中俊治さんの著作。
2011年に出版されている『デザインの骨格』という本と対応するタイトルで、小骨話。 一つ前に読んだ、福岡先生の『変わらないために変わり続ける』の内容にも通じるところがあって、テンポよく、楽しく読めました。
最初は生き物の話。
生物は目的に応じて最適な体の形をしているんじゃなくて、環境の変化に合わせて今ある身体を少しずつ魔改造しながら生き延びてきた、という話や、
視覚と聴覚を最大限に活用するために頭そのものやパーツを作り込んでいるフクロウという動物に対する驚きなど、
楽しい話題に満ちています。
一番最初に紹介されているハンミョウが時計にちょこっとのっているスケッチがまたかわいい。
その後は日常の観察の話。
一番ビックリしたのは、楽器の品質の話。
一流のソリスト10人に、ストラディバリウス等の最高級品と、新しい製品をブラインドで弾き比べてみたところ、彼・彼女が最高の品だと評価したのはほとんど新しい製品だったこと。そして、彼・彼女たちは一方で、自分自身が最も良いと評価したものは最高級品の方だと信じ込んでいたとのこと。
古い業界。人間工学の視点からも普通のユーザビリティの視点からも、明らかに改良の余地があるものが「いや、そういう変化は求められていないから」という理由でボツになっていく。それでもいいような、だめなような。
更に続くのが、デザイナーの視点で、作る人そのものとスケッチの話。
心地よいレイテンシ。素材ではなく加工方法による「らしさ」の演出。
観察の方法であると同時に整理の技術でもあるスケッチ。それと合わせて行わなくてはいけない決断の話。
最後にあるのが、フリーランサーとしての働き方イメージ。
自分の単価を決めるのは自分自身。
自分で動き始めないと物事が何も動かないのがフリーランサー。
各文章の合間に挟まれる山中さんのスケッチがとにかくいい。
さっと入り込めて、引き込まれる、そんな素敵な本でした。
記録#62 『変わらないために変わり続ける』
『生物と無生物のあいだ』がベストセラーになった、生物学者の福岡伸一先生。
この本を書かれていた当時はニューヨークにある大学院大学・ロックフェラー大学で研究をされていて、その生活について週次で書いていた寄稿文をまとめたのが本書。
変わらないために変わり続ける 福岡ハカセのマンハッタン紀行 (文春文庫)
- 作者: 福岡伸一
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2018/02/09
- メディア: 文庫
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研究のお話。
ここに書かれている文章は2013~2015年あたりのものが多いと思うんですが、
- いまやもう笑いと恥の対象でしかなくなってしまったSTAP細胞
- 通常のウイルスの数十~数百倍の遺伝子量を持ったパンドラウイルス
- 「記憶の遺伝」を引き起こしているかもしれないメチレーションの動き
- 脳のなかの好きな場所に、好きなタイミングで電気信号を流せるオプトジェネティクス
- 妊娠中の母のストレスが子どもにも伝わってしまう、腸内細菌界の話
と、門外漢の私からするとへー!と思われされる内容。それぞれのテーマについては合計4ページ前後語られているだけですが、福岡先生のわかりやすい筆致と深い知見のおかげで、ふむふむと読める内容になっています。
この本は「紀行」とあるとおり、ニューヨークの生活についてもいろんなことを教えてくれます。
- 日本語の本が読みたくなったら足を伸ばす本屋さん
- クイーンズの奥地にあるスーパー銭湯
- 桑の木を探したり蝶の採集をしたり、緑を感じさせてくれるセントラルパーク
- リンカーンセンターで行われる壮大なオペラ・アイーダ
- 食にまつわるものであれば何でも揃うレストラン・デポと、しめたての鶏を販売してくれる農場(一羽$10)
遠いけれど、ニューヨークも人の住む街なんだと、当たり前のことを具体的に教えてくれる本でした。
福岡先生の文体が素敵。
良著でした。
まとめ#17 2018年4~6月:読んでよかった本5冊
今年の1月から始めた個別の本の紹介記事も61本になりました!
年ごとのまとめも2013年からだから6年目、四半期ごとの紹介も15回目くらい。
文章はいっこうにうまくならないし言葉も洗練していきませんが、読んだ本について自分なりに消化する深さも広さも上がった感じがして、良い習慣だと改めて思います。
そんな感じで、この3ヶ月で読んだ本の中でおすすめの本5冊を紹介します。
1. さよなら未来
この3ヶ月に読んだ本の中で、一番深くまでぐさっと来た本でした。
技術が示す未来に皆すがりつきすぎじゃないのか。私達に必要なのは、何よりもまず「希望」だ。---
こんな言葉を語るのが、技術系雑誌の先頭を走るWIREDの元・編集長の若林さんですから、面白くないはずがない。案の定、むちゃくちゃ売れています。講演を聞きに行ってもとても自由で、面白い方。ぜひどこかで繋がれればと模索する日々。。
内容自体は、 2011年以降、若林さんがWeb・紙媒体ふくめいろんな所に寄稿・掲載してきたものがまとまった本ですが、2018年の今でも十分に新しく、読ませる文。
このあたりしびれます。
自分になんの感動の体験もない人間が、もっともらしく「ユーザー・エクスペリエンス」を語り、数字しかあてにできない人間がしたり顔で「顧客満足」を論ずる。それによっていかに多くの現場がモチベーションを奪われ、クリエイティビティが削がれ、結果どれだけ多くのリスナーが離れていったことだろう。そりゃそうだ。そんな連中が作ったものに一体誰が感動なんかするもんか。 人を動かす新しい体験をつくろうとするとき、人は「動かされた自分」の体験を基準にしてしか、それをつくることはできない。未来を切り開くことと「自分が心を動かされたなにか」を継承し伝えることは同義だろう、とぼくは思っている。(pp.92)
ぜひ手にとって見てください。良い読書時間になることうけあいです。
2. 強いチームはオフィスを捨てる
私自身、この6月から東京の本社を離れてひとり関西でリモートワークをしています。その決断を支えてくれた本のうちの一つ。
もともとウェブデザイン会社だったものの、その後Ruby on Railsというフレームワークを生み出し、プロジェクト管理ツールであるBasecampを提供してきた37シグナルズの創業チームが書いた本が本書(現社名はBasecamp)。
この会社自体はシカゴに本社をおいているものの、相当の社員が米国内外でリモートワークをしているとのこと。そんな彼らのビジョンはシンプル。リモートワークは制度の問題ではなく、採用・人事の課題であるとのこと。
シンプルに考えよう。あなたが上司なら、信頼できない部下を雇わないほうがいい。あなたが部下なら、信頼してくれない上司のもとで働かないほうがいい。 リモートワークをまかせられない人間に、何をまかせられるというのだろう。つねに見張っていないと仕事ができないダメ社員に、顧客と話をさせるなんておかしいじゃないか。
(Kindle位置:396)
本書のタイトルの通り、「リモートワークでも崩れないくらい強いチームを築く。むしろ、強いチームであればあるほど物理的なオフィスに縛られないほうがBetterになる」というメッセージ。
私たちの会社、私が今後関わっていく全ての会社がこうであれば・こうしていこう、そんな決意を持つに至った本です。
3. 完全教祖マニュアル
タイトルが最高ですよね、もう。内容も最高なんです。おすすめすぎて、友人に買って配ってしまいました。
もし自分が宗教を立ち上げようと思ったら、何をどんな手順で手がけていけばいいのか。教義をどう考える?信者はどこから集める?誰をまず信者にすべき?教義に論理的な漏れがあったときにはどう対処する? まさにマニュアルです。しかも皮肉のきいた、面白いマニュアル。
この本の素晴らしいところは、このマニュアルを書く上で、いまやメジャー宗教となったキリスト教やイスラム教、仏教が新興宗教の時代からいかに信者を獲得し世界中に広がっていったかを丁寧に考察しているところ。世界中に数億人の信者がいるこれらの宗教も、もともと新興宗教だったわけですからね。(聖母マリアがキリストに向かって「何してんねん!家に帰っといで!」といったエピソード笑いました)
改めて宗教ってなんだろうって思うと、割とあらゆることがそれに当てはまるんじゃないかと思ったりします。ビーガンみたいなのもそうだし、ヨガをしないと体調が悪いみたいなのもそうだし、池上彰さんの言う事なら何でも信じるみたいなのもそうだし。
くすっと笑えるマニュアル型新書を読みながら、ふっと深く考えたくなる。そんな素晴らしい本でした。
4. 宇宙に命はあるのか
宇宙への夢を旨に、NASAの研究機関・ジェット推進研究所(JPL)で働く小野さん。前作の『宇宙を目指して海を渡る』を読んで以来のファンです。
この本は、宇宙を目指して戦ってきた研究者やエンジニアの歴史と、太陽外を含めた惑星探査のお話を中心に進んでいきます。その話の中に、小野さんの「情熱」と「イマジネーション」に対する熱い想いが語られていきます。
フォン・ブラウンは何を目指してロケット開発を進めていったのか。
ハウボルトが周りに反対されても離さなかった月軌道でのランデブーのアイディアはどこから湧いてきたのか。
ハミルトンは、どのようにしてほとんど起こり得ない(しかし実際に宇宙で行った)エラー探知のソフトウェアを組みこんだのか。
それら全てには、空・宇宙に対する強い情熱と、ただの知識にとどまらないイマジネーションの力があったのだ、と。
イマジネーションとはウイルスのようなものだ。ウイルスは自分では動くことも呼吸をすることもできない。他の生物に感染し、宿主の体を利用することで自己複製して拡散する。イマジネーションも、それ自体には物理的な力も、経済的な力も、政治的な力もない。しかしそれは科学者や、技術者や、小説家や、芸術家や、商人や、独裁者や、政治家や、一般大衆の心に感染し、彼ら彼女らの夢や、好奇心や、創造性や、功名心や、欲や、野望や、打算や、願いを巧みに利用しながら、自己複製し、増殖し、人から人へと拡がり、そして実現するのである。
(Kindle位置:671)
火星探査機を動かすコードと、こんな文章が同じ人の手から書かれているなんて。本当に素敵だと思います。
5. TRANSIT 39号 今こそ、キューバ
TRANSIT(トランジット)39号今こそ、キューバ 眠れるカリブの楽園で (講談社 Mook(J))
- 作者: ユーフォリアファクトリー
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2018/03/16
- メディア: ムック
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大好きな雑誌、TRANSIT。問答無用で行きたくなります、キューバ。
この号を読んで、わたしの必ず行くリストの中での順位がいくつか上がりました。
必ず行く。
終わりに
自分自身が東京から神戸に引っ越ししたこともあって、いろいろ考えることがあったのがこの3ヶ月でした。それと合わせて、読んだ本からもいろんなことを吸収できたかなと思います。
今年の後半も、楽しく読書していきたいと思います。
それではまた。
記録#61 『オイディプスの謎』
家近くの図書館でふらっと目についたこの本。
ギリシャ神話に関するお話で、ローマ・ギリシャ史はこれまでもちょこちょこ勉強していて、これも合わせて手にとってみました。
先に行ってしまうと、この1ヶ月で読んだ本の中でも刺激度トップクラスの本でした。
オイディプスって誰?
オイディプス、というよりエディプス、という名前のほうが広く知られている気がします。エディプス・コンプレックスという形で。
エディプス・コンプレックスとは、子どもが、異性の親に対して愛着を持ち、同性の親に対して敵意を抱いたり、罰せられる不安を抱いたりする無意識の葛藤のこと。
(エディプスコンプレックスとは?意味と時期は?フロイトとの関係は? - 知育ノート)
なんでオイディプスっていう人がこんなふうに取り上げられているかというと、彼は自身のお父さんを殺して、お母さんとの間に子どもを作ったことで知られている人。自分の子供であり、兄弟姉妹でもある、そんな複雑な関係を生んじゃった人なんですね。
そして、このオイディプスっていう人はもう一つ有名な逸話があって、スフィンクスの謎というものを解いたことです。スフィンクスの謎かけ、というのはあの有名な「朝には四本足、昼には二本足、夕方には三本足の生き物は何か?」というやつ。これに対してオイディプスは「それは人である」と答えて見事正解した(その解答に恐れ慄いたスフィンクスは自殺しちゃった)、というやつ。
ものすごく聡明な一面と、少し変わった性癖を持ち合わせた人。↑だけ読むとそんな感じなんですが、「いやいや史実を読み解くとそこには深い謎があるんだよ」ということをこの本のなかで提示してくれたのが、吉田先生です。
朝には四本足、昼には二本足、夕方には三本足の生き物は人、は正しい?
スフィンクスの謎掛けの答えが人である、ということのよくある解説は「人は小さいときにはハイハイをするから4本足、おとなになると2本足で立ち、老人になると杖をついて3本足になる」というもの。
吉田先生は「そんな解答を提示されたくらいで、スフィンクスは自殺するほど驚くかね?」という疑問から話を始めます。この分野の歴史の専門家である先生は、歴史書ではこの謎掛けについて「朝昼晩」という時間を特に指定しておらず、むしろ「同時に2本足でも、3本足でも、4本足でもある生き物は何か?」という問いかけになっているということを示します。それに対して、オイディプスは↑のような解釈を勝手にして、人である、と答えたと。
つまり、オイディプスは正解を答えているんだけど、(少なくともこの回答時点では)その理由を正確には捉えていなかったんじゃないか、ということになります。
オイディプスが背負った罪
ここで効いてくるのが、エディプス・コンプレックスという名付けの背景にもなった、父殺し・母との姦通という要素です。吉田先生の解説によると、オイディプスは生まれてすぐに捨て子にされ外国でそだれられたため実の父を知らず、旅先で乱暴にされたことに反発してたまたま手にかけてしまったのが父であった、つまりたまたま父殺しの罪を負ってしまうことになります。
そんな事はつゆ知らず、旅を続けたオイディプスは見事にスフィンクスの謎掛けをとき、その成果として実の母が治めていた国の国王となり、実の母と新たに結婚し、子どもを設けることになります。
つまり、オイディプスは自覚なしに父を殺し、母との間に子どもを作ったことになります。スフィンクスの謎かけを解いているときにも、もちろん本人はそんな罪の意識はありません。しかし、スフィンクスはそのことを知っています。
スフィンクスがいう足の数とは、
- 4本:実の母と子どもを作ることになんの罪悪感もない獣のこと
- 2本:まっとうな人間のこと
- 3本:(父殺しの罪の意識により目を潰され盲目となり)杖なしでは生きられなくなってしまった障害者
を意味していた、と。オイディプスが地震を指さしながら「答えは人だ」といったとき、たしかにそのオイディプス本人は↑でいうところの4本足、2本足、3本足のすべての要素を(将来の運命も含めて考えると)持っていて、それがスフィンクスをしてなんのためらいもなく自殺を選ばせるだけの衝撃を与えた、ということらしいのです。
オイディプスの運命
話が進むなかで全てを悟ったオイディプスは、目を金のピンで自ら潰し盲目の流浪者となり、国外へと追放されます。しかし、あらゆる環境においても自身の規律を重んじ、気高い姿勢を失わなかったオイディプスは、最終的にはギリシャの神々に受け入れられ新たな神となります。
このオイディプス王の物語を書いたソフォクレスはアテネの人。市民の1/4を死に追いやった疫病、敗北の近い戦争に直面し、それに向き合うメッセージをこのオイディプスにまつわるストーリーに込めます。
どんな時も気高く。我々にはギリシアの神々がついている。
オイディプス王やコロノスのオイディプスがいまも定期的にオペラとして上演されるのは、不遇の時代を乗り越えるメッセージがこの作品の中に込められているからでしょうね。
おわりに
この本は、
- アテネの絶頂期から苦難の時代に移っていくとき、そこにはどんなイベントがあったのか
- このオイディプスのストーリーはどのイベントのときに公開されたものなのか
- ソフォクレスはこのストーリーの中にどんな意味を込めたのか
という、ギリシア史ど真ん中のテーマを扱っています。
文化史とは、こういう内容を扱うものだと思いました。素晴らしい作品だと思います。
ぜひご一読のほど。