たなかの読書記録

淡々と、読んでよかったなぁと思う本を紹介していきます。本のジャンルはばらばら。紹介するタイミングは四半期/年ごとが基本、その他は気まぐれです。

『しんどいオカマのお悩み相談』正論でなんともならないこの世界で

わたし、Twitterで大活躍の「西のオカマ BSディム」さんという方が大好きです。

twitter.com

そんなディムさんが匿名で寄せられる一般の方のお悩みに答える連載が最近本になったので、手を伸ばしてみました。

副題が

明るくないし強くもない孤独に苦悩し続けるオカマが
ひとりの人間として綴る哀憐の讃歌
 

 なんでしょうこのパワーのある文章。

寄せられる悩みは、

  • 同僚のSNS上での幸せアピールが見ていてしんどい
  • 太っているのではと心配で外出が怖い
  • 友人も恋人もいない孤独と向き合えない
  • 生きる理由が見当たらない

など様々で、ディムさんも一人の悩み続ける人として、真摯に言葉を寄せています。

パフェよりも甘い恋や、ポテチよりもしょっぱい見栄だって、立派な原動力となってくれるわ。(どうすれば暴飲暴食をやめられますか?という相談に) Kindle位置. 245

行動のきっかけは、他人をうらやむ気持ちでもかまわないわ。
でも、それは自分自身が心から欲しているものを探求するための検証なのだと思ってほしいのよ。
検証結果が得られさえすれば、すぐに飽きてしまってもかまわないと思えるし、情熱を持ち続ける義務感も持たなくていいでしょう。
(どうすればないものねだりをやめられますか?という相談に)Kindle位置. 679

人生の先にはなにもないかもしれないけど、その過程における選択肢は無限だからね。
探求の道のりまだまだ長いけれど、ほかの誰でもない、自分自身の心の欲求と向き合うことの大切さをどうか忘れないでいてほしいわ。
(どうすればないものねだりをやめられますか?という相談に)Kindle位置. 682

 よくみる、私がすべての答えを授けてあげる!っていうスタイルではなくて、相談をしている人に、うん私もそう、と寄り添う姿がとても素敵だと思いました。

本棚において表紙・背表紙を見るだけで心が落ち着くような、すてきな本です。

 

 

『弱いAIのデザイン』AIに強弱あるんですか?という人にぜひ

AIああAI、と喧しい時代

AI(人工知能)に仕事を奪われる」「今後10年で現在の半分の仕事がなくなる

そんな話の起点になったのは、2013年にオクスフォード大学のMichael A. Osborne教授がCarl Benedikt Frey研究員と共同で出版した「雇用の未来」という論文です。

THE FUTURE OF EMPLOYMENT: HOW SUSCEPTIBLE ARE JOBS TO COMPUTERISATION?(元論文)*1

それ以来、新聞や週刊誌で「将来AIに奪われる仕事リスト」「AI時代にも稼いでいける職業はどれ?」なんていう特集が組まれたりしています。

AIって何のことなんでしょうね。上の元論文ではAIではなく、computerisation(コンピュータ化)っていう表現をしていたりします。

弱いAIとその付き合い方

最近読んだ『弱いAIのデザイン』という本では、AIを大きく3つに分類しています。

  1. スーパーAI:強いAIを生み出し続けるAI。神。ここまで来るとSF。
  2. 汎用AI(強いAI):人間のような抽象思考を行いすべての領域をカバーしてくれるAI。24時間365働き続ける優秀な子。
  3. 弱いAI(特定機能特化型AI):掃除や料理など一部の機能に特化して、データをとったり解析したり、指示したり活動したりしてくれるAI。機能外のことについては無力。

多くの人にとってAIというと1 or 2のイメージだと思いますが、現実に検討されインストールされているのは3です。

代表的な例だと、ルンバなどの自動掃除機やSpotifyAmazon Musicみたいな音楽リコメンドサービス。ルンバやSpotifyに今日の夕食のメニューを考えてもらうことはできませんが、それぞれ任されたことは人間並みに/人間以上にしっかりやってくれます。そんな弱いAIが、今後もっと色んな分野で導入されていくと思います。(わたしが携わっている医療・ヘルスケアの領域でも)

弱いAIを使ったプロダクトの切り口

どんなところで弱いAIが活躍してくれそうな領域のリスト。アイディア出しやワークショップの切り口に良さそうだなと思いました。

  • 準備:人間の行動を検知し、その人の役に立てるように自ら準備する(例:オフィス椅子に座った瞬間にPCを起動する)
  • 最適化:実現性を考慮し、ユーザーに最適なものを選択する(例:オフィスに到着した時の気分を予測し心地よい作業用BGMを流す)
  • 助言:進行中のタスクを監視し、よりよい選択肢や代替案を示す(例:長時間パワポ作業をしている人に休憩を提案する)
  • 操作:自らの裁量でAI自らがアクションを取る(例:届いた宿泊予約確認メールを認識してカレンダーに予定・場所・日時を入れる)
  • 抑止:目的や状況を踏まえて一部の機能をオフにする(例:PCスクリーンを投影中にチャット通知をオフにする)
  • 終了:使用中止となった時に機能全体を停止する(例:オフィスから人がはけ次第、照明を空調を自動できる)

上の例を書いていて、「それIFTTTでできるやん」って思うものもあったりして、私のなかでもAIっていうものが全然理解できてないんだなぁという振り返りになりました。IF-Thenを人間が書くのと自律的に書くのの違い...??

製品・サービスデザイン上のポイント

表題の本は、弱いAIを組み込んで製品・サービスをデザインしていく上で何が大切かについて述べています。まとめると「このAIでできること・できないことをユーザーに明確に認識させること、その上でAIを信頼させることが大切」ということだと思います。

  • できることを明確に伝えることはもちろん価値にある
  • 一方でできないこともしっかり伝えておかないとユーザーの期待値に合わなかったり時に大事故になるなんてことも(自動運転のAIとか)

私もAmazon Echoやルンバを使っていますが、いろんなことを彼らに期待してしまいます。AIが組み込まれた製品を使うとユーザーの期待値がどんどん上がっていくのはある種自然なことなのかもしれません。設定変更や再起動なんていういかにもめんどくさそうでどうしてもユーザーがかかわらなければいけないシーンでも、どれだけユーザーに失望を与えず使い続けてもらえるか、そのための期待値コントロールをどうするかがデザインの重要なポイントになるんだと感じます。

本書の中では、

  • セットアップ
  • 実行把握
  • 実行管理

などの各プロセスで、いかにユーザーの期待値をコントロールし、信頼関係を築き続けるかに関する考え方やそれを実現しているプロダクト例をたくさん紹介してくれていて、プロダクト企画や設計に関わる人が読むと面白く読めるんではと思いました。

さいごに

いま仕事で関わっている医療・ヘルスケアの分野でもAIの活用が進むことが予想されています。特に画像診断では事例が相当出てきていて、疾患の早期発見や医療者の負担軽減につながるサービスが実現するんじゃないかと思っています。*2

私たちのサービスはメッセージング・コミュニケーションの領域ですが、上で言うところの「助言」「操作」あたりではAIの活用余地がかなりあります。AIの脅威について語るんではなく、それを使っていかに目の前のプロダクトを改善してあたらしい価値をつくるかに全力を尽くしたいと思います。

ツールからエージェントへ。弱いAIのデザイン - 人工知能時代のインタフェース設計論

ツールからエージェントへ。弱いAIのデザイン - 人工知能時代のインタフェース設計論

  • 作者: クリストファー・ノーセル,武舎広幸,武舎るみ
  • 出版社/メーカー: ビー・エヌ・エヌ新社
  • 発売日: 2017/09/29
  • メディア: 単行本
  • この商品を含むブログを見る
 

 

*1:日本語での論文紹介記事はこちら

*2:たとえば東大発スタートアップ・エルピクセルさんのこちら

『サピエンス全史』空想・妄想のちから

ビジネス書大賞2017の受賞作品。原著は2014年に出版され、ビル・ゲイツマーク・ザッカーバーグもその都市に読んだ本の中で印象に残ったものとして紹介しています。上下巻のたっぷりボリュームで、簡単に手が出しにくいというお話も聞きます。

ビジネスモデル図解をSNSにあげていらっしゃる方が、今週この本に関する図解を挙げていらっしゃいました。内容をぱっと掴みたい方はぜひこちらを参照されるといいんじゃないかと思います。

note.mu

 

おすすめです。Kindleで読んだんですが、合計53箇所もハイライトしていました。
その内容を中心に、簡単にまとめておこうと思います。バラバラとしたメモです。

虚構をつくり、信じる力が人類成功の起源

北京原人ネアンデルタール人などと違って、わたしたちホモ・サピエンスはなぜ現代まで生き延びてきたんでしょうか。本書の中で、単純な身体能力で言うと、ネアンデルタール人ホモ・サピエンスを大きく上回っていたそうです。

私たちは、大きな脳、道具の使用、優れた学習能力、複雑な社会構造を、大きな強みだと思い込んでいる。これらのおかげで人類が地上最強の動物になったことは自明に思える。だが、人類はまる200万年にわたってこれらすべての恩恵に浴しながらも、その間ずっと弱く、取るに足りない生き物でしかなかった。たとえば100万年前に生きていた人類は、脳が大きく、鋭く尖った石器を使っていたにもかかわらず、たえず捕食者を恐れて暮らし、大きな獲物を狩ることは稀で、主に植物を集め、昆虫を捕まえ、小さな動物を追い求め、他のもっと強力な肉食獣が後に残した死肉を食らっていた。(Kindle 位置266)

本書では、私たちがひ弱な体というハンデを抱えつつも、(ネアンデルタール人など他の人類を含めた)多くの動物を滅ぼしながら各地に広がっていけたのは、虚構を信じる力によるところが大きい、とされています。これが認知革命

伝説や神話、神々、宗教は、認知革命に伴って初めて現れた。それまでも、「気をつけろ! ライオンだ!」と言える動物や人類種は多くいた。だがホモ・サピエンスは認知革命のおかげで、「ライオンはわが部族の守護霊だ」と言う能力を獲得した。虚構、すなわち架空の事物について語るこの能力こそが、サピエンスの言語の特徴として異彩を放っている。Kindle 位置266)

この認知革命が何に役立ったのか。一つは、集団の規模を大きく変えたことにあります。その最大値は150程度と言われており、この数を超えると集団としての統一性を維持することが困難になります。しかしわたしたちは、宗教や国家、貨幣などの虚構を通じて、数百万以上の人間を一つの組織として内包することに成功しました。

今日でさえ、人間の組織の規模には、150人というこの魔法の数字がおおよその限度として当てはまる。この限界値以下であれば、コミュニティや企業、社会的ネットワーク、軍の部隊は、互いに親密に知り合い、噂話をするという関係に主に基づいて、組織を維持できる。秩序を保つために、正式な位や肩書、法律書は必要ない。(Kindle 位置574)

この認知という能力がその他の動物と我々を区別する大きな差異だという主張は、読みはじめの私にとって大きなインパクトがありました。

1対1、いや10対10でも、私たちはきまりが悪いほどチンパンジーに似ている。重大な違いが見えてくるのは、150という個体数を超えたときで、1,000~2,000という個体数に達すると、その差には肝を潰す。もし何千頭ものチンパンジーを天安門広場ウォール街、ヴァチカン宮殿、国連本部に集めようとしたら、大混乱になる。それとは対照的に、サピエンスはそうした場所に何千という単位でしばしば集まる。サピエンスはいっしょになると、交易のネットワークや集団での祝典、政治的機関といった、単独ではけっして生み出しようのなかった、整然としたパターンを生み出す。私たちとチンパンジーとの真の違いは、多数の個体や家族、集団を結びつける神話という接着剤だ。この接着剤こそが、私たちを万物の支配者に仕立てたのだ。Kindle 位置787)

狩りをやめ定住農業をすることで人間ひとりひとりは貧しくなった

人類が狩猟生活を送っていた時、食べるものは多様で、十分なカロリーを取れていました。しかし、定住し農業を行うことで食べるものの種類は偏り、生産性の限界から量もそれほど作れず、十分なエネルギー・栄養を取ることができなくなった、と。なぜそんな生活を人類は続けたのでしょうか?

それでは、もくろみが裏目に出たとき、人類はなぜ農耕から手を引かなかったのか? 一つには、小さな変化が積み重なって社会を変えるまでには何世代もかかり、社会が変わったころには、かつて違う暮らしをしていたことを思い出せる人が誰もいなかったからだ。そして、人口が増加したために、もう引き返せなかったという事情もある。農耕の導入で村落の人口が100人から110人へと増えたなら、他の人々が古き良き時代に戻れるようにと、進んで飢え死にする人が10人も出るはずがなかった。後戻りは不可能で、罠の入口は、バタンと閉じてしまったのだ。(Kindle 位置1,684)

 不可逆の歴史。一人ひとりが必ずしも幸せになれたとはいえない定住農業への移行は、人類に対してどんなインパクトがあったのでしょう。 

それでは、いったいぜんたい小麦は、その栄養不良の中国人少女を含めた農耕民に何を提供したのか? じつは、個々の人々には何も提供しなかった。だが、ホモ・サピエンスという種全体には、授けたものがあった。小麦を栽培すれば、単位面積当たりの土地からはるかに多くの食物が得られ、そのおかげでホモ・サピエンスは指数関数的に数を増やせたのだ。

つまり、一人ひとりは幸せになれないけれども、主全体としては数の増大という意味で繁栄を迎えたことになります。なるほどー。

自分の無知を認識する姿勢が科学を発展させてきた 

人間の数の多寡が国力を決めていた時代が長く続いた中で、新たな要素が加わることになります。それが、科学・テクノロジーです。その原点にあるのは、自らが無知であるという認識と、その上で前提となる共通の神話を作り上げ広めていく力。

科学者も征服者も無知を認めるところから出発した。両者は、「外の世界がどうなっているか見当もつかない」と口を揃えて言った。両者とも、外に出て行って新たな発見をせずにはいられなかった。そして、そうすることで獲得した新しい知識によって世界を制するという願望を持っていたのだ。(Kindle 位置5,360)

消費主義と国民主義は、相当な努力を払って、何百万もの見知らぬ人々が自分と同じコミュニティに帰属し、みなが同じ過去、同じ利益、同じ未来を共有していると、私たちに想像させようとしている。それは噓ではなく、想像だ。貨幣や有限責任会社、人権と同じように、国民と消費者部族も共同主観的現実と言える。どちらも集合的想像の中にしか存在しないが、その力は絶大だ。何千万ものドイツ人がドイツ国民の存在を信じ、ドイツ国民の象徴を目にして高揚し、ドイツの国民神話を繰り返し語り、ドイツ国民のために資産や時間、労力を惜しまず提供しているかぎり、ドイツは今後も、世界屈指の強国であり続けるだろう。(Kindle 位置6,864)

結局私たちはどこに到達し、これからどこに向かっていくのか

私たちは以前より幸せになっただろうか?

過去五世紀の間に人類が蓄積してきた豊かさに、私たちは新たな満足を見つけたのだろうか?

無尽蔵のエネルギー資源の発見は、私たちの目の前に、尽きることのない至福への扉を開いたのだろうか?

さらに時をさかのぼって、認知革命以降の七万年ほどの激動の時代に、世界はより暮らしやすい場所になったのだろうか?

無風の月に今も当時のままの足跡を残す故ニール・アームストロングは、三万年前にショーヴェ洞窟の壁に手形を残した名もない狩猟採集民よりも幸せだったのだろうか?

もしそうでないとすれば、農耕や都市、書記、貨幣制度、帝国、科学、産業などの発達には、いったいどのような意味があったのだろう?(Kindle 位置7,122)

これはまた、難しい問いですね。読み終えてからいろいろ考えてみたり、整理したりしても、なかなか自分なりの答えは出ません。

いい気づきと問いかけをもらった本でした。

『観察の練習』みのまわりの小さな違和感に気付こう

年明けにSNSでバズっていたこの記事を改めて読みました。

note.mu

観察=「無意識の意識化」、なるほどなぁと思いました。

観察のプロたるデザイナーさんたちは、日々どんな視点を持って物事を見ているんだろう?と思い、同じタイミングで紹介されていた下記の本を読みました。

観察の練習

観察の練習

 

私たちの身の回りでは日々、さまざまな「おや?」と違和感を抱くような出来事が起こっています。それは、誰かの手による創意工夫であったり、自然環境が作り上げた現象であったり、自分の目が勘違いしたものであったりするのですが、あまりにも膨大なため、普段は無意識に見過ごしてしまっています。しかし、このような「日常の中の小さな違和感」にこそ、私たちを驚かせたりワクワクさせたりするアイデアを生むためのヒントが隠れているのです。(p2)

本の内容をさっと紹介

著者の方がとった写真と、そこで観察した内容がセットで紹介されています。

  • 道路上の水の流れから凹凸を感じる
  • シャッターがしまった喫茶店の天蓋から入口の大きさの錯覚を感じる
  • 高床式のゴミ収集所から雪国の生活を感じる
  • 自分が入店したときの店員のあいさつから店員の間のコミュニケーションを読み解く
  • 色鉛筆の削れた持ちて部分から製造工程を考える ...等

この人、すごい。。。と圧倒されます。読み終えてから数日立ちますが、日常の中でふと立ち止まって、自分が今見ているもの、聞いているものを観察するようになりました。

特に、本の中で紹介されている

いま聞こえている音をすべて書き出す

というワークは、無意識の意識化を実践するとても良いものだと感じました。やってみます。

最後に

観察という行為が、よく禅の世界で言われる、「”今”に集中する」ということに通ずるものがあると思いました。

練習を積み重ねて、もっと良い観察をしていけるようになりたいです。

『プログラマの数学 第2版』ゼロの意味は?

昨年はPHPでのWebサービス開発や、Pythonを使ったデータ解析にチャレンジしました。その中で扱われるのは"論理"だったり"統計" "ランダム化"だったりして、改めて数学への関心が高まっています。

今月第2版がでた『プログラマの数学』買ってみました。

著者は『数学ガール』を書いた結城浩さんです。

プログラマの数学第2版

プログラマの数学第2版

 

 ゼロの物語:「ない」ものが「ある」ことの意義

第1章のテーマが、ゼロについて。その中で出てくるエピソード。

これは、今でも覚えている小学1年生の思い出です。

「それではノートを開いて、『じゅうに』と書いてください」

と先生は言いました。わたしは新しいノートを開き、きちんと削った鉛筆を握って、大きな数字でこう書きました。

102

なるほど、たしかに。そう書きたくなる気持ちもわかります。IとかVで数字を表すローマ数字で『じゅうに』を書こうとするとXIIで、X (10) とII (2)を並べて書くよなーと。

人間が日常生活で使ってる10進法、コンピュータが使っている2進法・8進法・16進法は『位取り記法』というジャンルに入ります。(ローマ数字は位取り記法ではない)この位取り記法では、0は非常に重要な意味合いを持ちます。

  • 場所を確保する:10の位の数字がなくても空欄を書かなくて良くなる
  • ルールをシンプルにする:10^0 = 1と定義することで、全ての位を10^nで示せることになる

たしかにたしかに。もっと具体的にイメージするために提示されている、『日常のなかのゼロ』という項目では、

  • 予定がないという予定:時間を「空き」として認識することで探す対象になる
  • 薬効がない薬:3日飲んで1日休む薬があったとすると、毎日薬を飲むが4日目の薬をダミーのものにしておくほうが習慣化しやすいのでは

などの例が示されています。日常のなかのゼロ、っていう考え方はとても素敵な観察だと思いました。

剰余:周期性・規則性を見つけ出す

第3章は、剰余(割ったときの余り)について。小学校低学年で割り算と余りについて習って以来、あまり意識して使ったことのなかったテーマですが、本の中で紹介されていた例はとても面白かったです。

  • Q. 今日が月曜日として、1億日後の曜日は?
  • A. 1周間は7日。100,000,000(1億)÷7 = 14,285,714 余り 2になる。つまり14,285×7= 99,999,998日後は同じ月曜日。その2日後である1億日後は水曜日のはず。

確かに。。。簡単で、シンプルで、美しいなぁと思いました。

他にも、恋人探しだったり畳敷きだったり、一筆書きなどなど問題を、"剰余"という視点から捉えなおしていきます。この章は全体の中でも特に面白かったです!

再帰:自分で自身を定義する

プログラムを書いていると、for文なんかで

  • x = x + 1

みたいな文を書くことが往々にしてあるんですが、自分自身を定義するために自身を使うこと、これが再帰です。

個人的になるほどなぁと思ったのは、この前の数学的帰納法の章と合わせての説明なんですが、

実は、再帰(recursion)と帰納(induction)はどちらも「大きな問題を、同じ形をした小さな問題に帰着させる」という点では本質的に同じです。 

再帰的なプログラムを書くためには、その構造を見抜くことが必要になります。観察の練習をたくさんして、構造をどんどん見いだせる人になりたいです。

指数的な爆発:困難な問題との戦い

第8章は指数・対数について。

最初に出てくる、「10個独立したチェックボックスが必要なWebサービスを作らなきゃいけないとして、その開発をする上でのテストは2^10(1,024)回やらなきゃだめになります」っていう一文。気をつけます。。。

最後に

自分の子供が中学生・高校生とかになったらぜひ読ませたい一冊でした。数学は一つの言葉です。この言葉を知っておくと、世界の捉え方がもっと豊かになるなと思います。

 

『世界からバナナがなくなる前に』効率を追って脆弱さが生まれる

ここ最近、食や農業の問題はそこかしこで取り上げられています。

途上国を中心とした飢餓、都市における食料廃棄、不衛生な環境で抗生物質まみれで育てられる牛や鶏に起因する食肉の安全性、遺伝子組み換え作物の登場...

どれも大きな問題です。そんな中で、この本でまた一つ大きなテーマが自分の中で増えました。

"農作物の品種の多様性喪失"です。

 

世界からバナナがなくなるまえに: 食糧危機に立ち向かう科学者たち

世界からバナナがなくなるまえに: 食糧危機に立ち向かう科学者たち

 

世界中で摂取されているカロリーの80%は、たった12種類の植物から得られている」そんな驚きのデータからこの本は始まります。

有史以来、ヒトは野生の植物を採取し、それを栽培する術を開発し、農業として育ててきました。その方法は地域ごとに異なり、それに合わせて品種も各地域で独自の発展を遂げてきました。しかし産業革命以降、農業の工業化が進み、育てる品種を絞り込んで、肥料や殺虫剤を使いながら最大効率で栽培する手法が主流になります。

表題のバナナやゴム、カカオ、コーヒー、ジャガイモ、キャッサバ...

あらゆる品種で限られた品種を効率的に育てる農業が中心となり、それに合わせて、真菌やウイルス、害虫等による被害がでると広範囲で一気に広がる事になります。そういう意味で、現代の農業は短期的な効率性・生産性が最大化されている一方で、一度被害が出たときのインパクトが非常に大きくなるという意味での脆弱性を抱えています

この本の中にも、このような脆弱性が露見した悲しいストーリーが色々出てきます。

  • パナマ病でなくなってしまった甘くて美味しいバナナの品種・グロスミッチェル
  • アフリカのキャッサバ栽培を救うために、南米のアマゾンに"天敵"を探しに行くスイス生まれのヒッピー研究者
  • 天然ゴムを安定的に確保しようとブラジルで天然ゴムプランテーションの運営に乗り出したヘンリー・フォードとその失敗
  • ナチスが迫る1940年代のロシア・レニングラードで、採集した植物の種子を必死に守りながら餓死していった研究者たち
  • 政敵を追い落とすために作物をダメにする菌をばらまく農業テロを行い何百万人もの職を失わせた農業団体関係者

 生産性向上が叫ばれるこの世の中で、品種絞込みの流れが止まることはないでしょう。そんな中で、世界中が飛行機でつながりヒトも自由に移動する中で、菌やウイルスが運ばれるスピードも上がっていきます。

それによって、いろんな作物が壊滅的なダメージを受ける頻度は高まり、より深い社会問題として認識される日が早晩来る気がします。一部ではもう来ているのかもしれませんが。

日々仕事をしていると工学系・情報系のテクノロジーのお話にたくさん触れますが、ヒトの生き死にに関わる食のテクノロジーについても、もっと突っ込んでいこうと感じました。

これまでは研究者や農業メーカーの努力によって、上のような様々な問題が解決されてきました。これからも同じようになんとかなるのでしょうか。。そんな問題意識が頭のなかに植え付けられる、深くて良い本でした。

『アルゴリズム思考術』コンピュータに"考え方"を学ぶ

はじめに

新卒で入った会社では入社するまえに課題図書が配られ、コンサルタントとして働く上で必要な財務会計や英語に関する本の他に、『イシューからはじめよ』や『論点思考』『仮説思考』といった、仕事をする上で役立つ考え方についてのものもありました。

色んな分野でこの「仕事をするときの心構え・考え方」に関する本があると思いますが、それはどれも「その分野で実績を上げた/有名な人が、後進たちに向けて書く」というものです。

  • 「私はこうやったらうまくいった(から、他の人もやるべき)」
  • 「私にはこんな反省がある(皆さんは同じ過ちを繰り返さないように)」

上で紹介した『イシューからはじめよ』等、先人の知恵を濃縮して伝えてくれるこのような書籍はものすごく参考になります。それは、同じ人間である以上、同じような失敗をする可能性があり、同じような成功の経路を辿れる可能性があるからです。 

コンピュータの思考法を学ぶ

 しかし、私たちが学ぶ対象は「人」からだけでよいのでしょうか?もっと良く生きるために、学びの対象を広げることはできないのでしょうか?

 問題解決にもっぱら強い先生。そう、「コンピュータ」です。

 将棋や囲碁、チェスなんかの分野では、人間が到達できないほどの高みまで登ってしまったコンピュータ。彼らは物事をどう考えているのか(アルゴリズム*1、といいます)、それを知ることができるのが下の本です。

アルゴリズム思考術:問題解決の最強ツール

アルゴリズム思考術:問題解決の最強ツール

 

コンピュータの思考法を学ぶ

原題は"Algorithm to live by"、生きていくためのアルゴリズム

以下、"はじめに"から抜粋。

誰もが直面する問題もある。われわれの生が有限な空間と時間の中で営まれているという事実から、直接的に生じる問題だ。

一日のあいだに、あるいは10年のあいだに、何をすべきで何をしないでおくべきか。

どの程度の無秩序なら受け入れるべきで、どの程度の秩序なら過剰なのか。
最も充実した人生を送るには、未知の経験とお気に入りの経験とのあいだでどんな バランスをとるべきか。
Kindle版 位置: 121) 

 

仕事にしろ日々の生活にしろ、上のような決断に日々私たちはさらされています。

  • 目の前の仕事を今片付けるべき?それとも明日で良い?
  • 同僚と飲みに行く?家族のいる家にすぐ帰る?
  • キャリアはこれでいい?転職すべき?
  • 社内ルールとして統一すべき?それとも都度対応したほうがいい?
  • ランチは前行って美味しかったところに行くべき?新規を開拓?

この決断をもっと良いものにするために、コンピュータから学べることはないでしょうか?

 これらは人間だけの問題と思われるかもしれないが、じつはそうではない。 半世紀以上前から、コンピューター科学者はこうした日常のジレンマに相当する問題に取り組み、多くを解決してきた。

  • 負荷を最小限にして最短の時間でユーザーの要求すべてに応じるには、プロセッサーの「注意」 をどう配分すべきか。
  • 異なるタスクの切り替えはどんなタイミングで行なうべきで、 そもそもタスクはいくつ実行すべきか。
  • 限られたメモリー資源を活用するには、どんな方法がベストか。
  • データをさらに集めるべきか、それとも既存のデータだけを使って作業すべきか。
今日こそ行動すべきかと一日レベルでタイミングを見極めるのさえ人間には難しいが、われわれを取り巻くコンピューターはミリ秒レベルでやすやすと判断を下している。コンピューターが判断を下す際の方法から、われわれが学べることはたくさんある。Kindle版 位置: 125)

 

素晴らしい。 ぜひ参考にしたい。扱っているテーマは、

  • 最適停止問題:どのタイミングで決断を下すか
  • 探索と活用:いつまであたらしい選択肢を探し続けるのか
  • ソート・並び替え:どれくらいの手間をかけて、何の順序で並べるか
  • キャッシュ:どの記憶を頭に残し、忘れるか
  • スケジューリング:何から手をつけるべきか。割り込みを許すか
  • ベイズの法則:手元の情報をもとに、未来をどう予測するか
  • 過適応:複雑さ・ノイズにどのくらい対応するか
  • 制約緩和:解けない問題を解けるようにするにはどうするか
  • ランダム性:全体ではなく一部を取り上げることで済ませられないか
  • ネットワーク:どのような頻度と量のコミュニケーションをとるか
  • ゲーム理論:他人に期待通りの動きをしてもらうためにどうするか

生きていくための考え方、という視点で言うと、特に前半の「最適停止問題」「探索と活用」「ソート」あたりはとても参考になると思います。

"やめどき"を考えよ

われわれは、合理的な意思決定とはすべての選択肢を徹底的に調べ上げて入念に比較したうえで最良の選択肢を選ぶことだと信じ込んでいる。

しかし実際には、時計(または心臓)が音を立てて動いているとき、意思決定(あるいは思考全般)のさまざまな側面のなかで、やめるタイミングほど重要なものはほとんどない。Kindle版 位置: 753)

若いときには探索を、年を取ったら活用を

決定を下すときにいつもそれが最後の決定であるかのように考えるなら、確かに活用だけが意味をなす。

しかし一生のあいだにはたくさんの決定を下すはずだ。それらの決定に関して、とりわけ人生の序盤には、探索 ──最良のものよりも新しいもの、安全なものよりおもしろいもの、熟慮されたものよりもランダム なもの── を重視するほうがじつは合理的ではないか。Kindle版 位置: 1,408)

合理性をどう考えるか 

人はほぼ絶え間なく、コンピューター科学で困難なケースと見なされる状況に向きあっている。

このようなときに有効なアルゴリズムがあれば、推測を行ない、より単純な解決策を優先し、エラーのコストと遅延のコストのトレードオフを行ない、賭けに出ることができる。

これらは合理的なやり方が使えないときの妥協策ではない。まさに合理的なやり方なのだ。(Kindle版 位置: 6,680)

おわりに

この本の中で紹介されている問題、アルゴリズムによる解決方法は、これまでコンピュータサイエンティストが全力で取り組んできたものです。その意味では、アルゴリズムから学ぶことも、最初に紹介したような人から学ぶ構造と同じでしょう。

ただし、問題解決について学びたいのであれば、中途半端なプロフェッショナルのスキル本を読むよりも、コンピュータがどう考えているかから学ぶほうがよっぽど良いと思います。コンピュータは問題解決のプロフェッショナルです。その中に組み込まれたアルゴリズムには、何千何万という優れたコンピュータサイエンティストの叡智が詰まっているはずですから。 

*1:数学、コンピューティング、言語学、あるいは関連する分野において、問題を解くための手順を定式化した形で表現したものを言う。Wikipediaより)