ねずこん読書記録

小さな会社を経営しています。読んだ本について書き残していきますー

記録#82 『庭園に死す』庭は人の心、心は一つの庭。

テレビ出演も多くされる林修先生が、庭園にハマったきっかけとして紹介した書籍がこちら。もう絶版になっていて、2018年5月の放送直後はAmazonで中古価格が2.5万円に跳ね上がるなど、なかなか手にとるのに苦労する本でした。(今は取扱なしに) 

庭園に死す

庭園に死す

 

序の始まりは、こんな文章。

人間の精神はいかにして創られているのであろうか。 

庭園をテーマにした本としてはあまりに壮大な出だし。しかし、その後の内容を読むにつれ、庭園というものがいかに当時の文化や作者の精神を反映するものなのか、あるいはその庭を見る人の精神に影響を与えるものなのか、その実例を見ると、なるほど庭は著者の野田先生にとって、人の心について問うための研究テーマなんだと理解できました。

大きくは、景観論について。ただ閉じた庭というだけでなく、そこから見える山々や道などの借景も含めての景観。100を超える庭について、それぞれ考察がなされていきます。京都御所東福寺のような修学旅行の定番コースから、野村碧雲荘や市田対龍山荘のような私邸の庭まで。どれも、素晴らしいなぁと思ってしまう素人の私ですが、それに対して時代背景や配置の意味、周りの環境との調和などを解説しながら考察していく著者。すごい。

個別の要素について、唸った箇所がいくつも。まずは、寺と庭の親和性について。

寺に優れた庭があるのは、庭が浄土であり、「観想」の対象であったからである。枯山水の白砂や杉苔にも、石が立てられている。医師は三つの神仙島、蓬莱、方丈、瀛洲を写したことになっている。池や白砂は海であり、海の彼方に神仙島が望まれるのである。

(pp. 60-61、"28 四天王寺") 

なるほど、浄土か。本書の中でも、ヨーロッパの庭と日本の庭は違う、と各所に述べられていて、死後世界への思想の差異が庭に反映するときにも出るんだろう。

そして庭園に欠かせないについて。ここが、個人的には一番しびれた解釈の幅。

 水に向かって私たちは、4つの精神の次元に遊んでいる。乾燥したところにあっては、水はまず清浄な生命の息吹を感じさせる。 (中略)

第二に、水は流れ続けることによって時間を感じさせる。流れては消える水紋や、石にあたって立てる水の音は絶えることなく、人生や世の出来事の生起消滅を伝える。

第三に、水は外界を映す。空を映し、陽炎の移りゆきを映し、雲を映し、とりわけ月を映し、時に風を映し、山や木や花を映す。しかも水は鏡以上に世界を写す。それは写した物影を水の底に沈め、再び外界と写した影を対話させて、ゆらゆらと騒ぐからである。(中略)

第四に、水は停止し、潤み、靄のなかにかすむことによって、私たちの生命や感情を溶解し、かすかな混沌のなかに誕生や死や喜びや生きてきた疲れを包み込む。

(pp. 76-77、"36 平城京庭園") 

更には、石のこと。は、権力の移り変わりとともにもとあった庭から剥がされ、新しいところに移り置かれてきた。

石は人間に特別な思い入れをさせる。土が生命や生と死の循環を表すのに対し、石はその堅さが不変や不死を象徴する。それ故に、石は権力の永続を願う権力者に好まれる材料である。エジプトの墳墓やギリシャ、ローマの記念物は、膨大な労力を要する巨石でつくられている。しかし石に不変を託した権力者の願いは、次の権力者の同じ願いによって奪い取られる。

(pp. 106-107、"50 藤戸石") 

そして、閉じた空間の捉え方。

閉ざされた求心的空間のつくり方には、三通りある。一つは一点に向かってきびしく凝集していく処理の仕方であり、自らが内向していくと同時に周囲の空間も私に向かって狭まってくる。利休の茶室に見るように、徹底して凝集することによって、逆に広大な世界を得ようとするのである。第二は、閉ざされた空間に対面することによって、完結された世界に自分を投影し、自分を無にして空間そのものを理想の世界に変えようとする。龍安寺の石庭や大徳寺・大仙院の書院石庭などが、そうである。

しかし、上記の2つのような静止した求心的、閉鎖的空間脳作り方だけでなく、ゆっくりとした動きながら中心に向かって閉ざされていく第三の構成もある。(中略)ここではと座sれると同時に、つながりを暗示している。

(pp. 126-127、"60 孤篷庵忘筌前庭") 

どこまでも、庭というものと真剣に向き合う。そこに投影された人間の心にも真剣に向き合う。

この中で紹介されている庭は、京都のものだけでなく、山口県や鹿児島県、岩手県だったり、むしろ京都以外のもののほうが平安時代以来の古い庭の思想を体現しているのでは、と多く紹介されています。

庭を巡るたび、いいなぁと。素晴らしい本でした、おすすめです。ぜひお近くの図書館で借りてみてください。 

庭園に死す

庭園に死す