ねずこん読書記録

小さな会社を経営しています。読んだ本について書き残していきますー

記録#72『目の見えない人は世界をどう見ているのか』 耳で見る、目で聴く

神戸でやっていたとある展覧会で、ちらっと出されていた本。改めてじっくり読んでみたいなと思っていたので、手を伸ばしてみました。

目の見えない人は世界をどう見ているのか (光文社新書)
 

著者の伊藤先生は、美学(Esthetics、エステティクス)の研究者、身体論を一つのテーマとしていらっしゃいます。特に、私たちが得る情報の8~9割を占めていると言われる視覚、それを制限された視覚障害者の方々の身体性について様々発信されています。

本書の中で伊藤先生も述べられていますが、障害者の方々と進める研究はどうしても「福祉」という視点に縛られてしまい、視点が異なる人・世界観が異なる人として捉えてみる、異文化を研究してみる、そんな視点で見てみるのも面白いのでは、という提言。本著の表題も、いかにも異文化研究らしいものです。

例えば、太陽の塔の捉え方。「太陽の塔に顔はいくつあるか?」と問われたときに、視覚にとらわれる我々は2つ、と答えます。一方で、伊藤先生がヒアリングをした視覚障害の方は3つと答えるそう。実は太陽の塔は、表側に顔が2つ、裏にももう一つ1つ顔があります。視覚は二次元で、表面を捉える。しかし、視覚障害者は、3次元で捉えることになる。視覚がないから死角がない、これは至言だと思いました。

タイトルの問い、「どう見ているのか」に対する答え。見る、という行為はあくまで意味付けとしての結果であって、視覚がなくてもできるだろう、というお話。出口王仁三郎さんが読んだ歌で

耳で見て 目できき鼻で ものくうて 口で嗅がねば 神は判らず 

 というものがあると。目や耳というのはあくまで器官であって、機能や目的のレイヤーで見ると、他のものを使ってもよいだろう・使えるだろうと。

気づきの多い、素晴らしい本でした。視覚に頼りすぎた我々への、新しい気付きの書として。おすすめです。

 

 

 

目の見えない人は世界をどう見ているのか (光文社新書)