記録#25 『ピーター・ティール 世界を手にした「反逆の起業家」の野望』徹底して競争を避ける逆張り人生。
ピーター・ティール。
電子決済プラットフォーム・Paypalや、CIAなどを顧客とするデータ分析企業・Palantirの創業者であり、Facebookの最初期からの投資家であり、スタートアップ界隈のみんなが大好きな本「ゼロ・トゥ・ワン 君はゼロから何を生み出せるか」の著者でもあります。
この本は2017年9月にドイツで刊行された"Peter Thiel: Facebook, Paypal, Palantir - Wie Peter Thiel die Welt revolutioniert - Die Biografie"の邦訳。これまではバラバラとしたWebメディアやいろんなインタビューでは彼について色々明らかになってきましたが、1冊の本としてまとまったのは初めてかもしれません。
ポール・グレアムやベン・ホロウィッツと並んで、その物事の捉え方について常々関心を持ってきたので、発売後すぐに読んでみました。
根底にある、圧倒的な独自性、逆張りの姿勢
ピーター・ティールは、2016年の米大統領選挙でシリコンバレー全体を敵に回しながらドナルド・トランプ候補に巨額の献金をして話題になりました。トランプ大統領誕生後は彼のテクノロジー面でのアドバイザーを務め、この3月に行われた最近のインタビューでも対中貿易などの問題に取り組むトランプ政権への評価を口にしています。*1
大学では哲学を専攻していたという出自、「破壊的イノベーション」や「パラダイムシフト」等のバズワードの忌避、そして上記のような政治姿勢、全てにおいて徹底的な逆張りの姿勢を見せています。
その背景にあるティールの思想は何なのか、この本を通じて明らかにされています。
彼が深く信頼を寄せるのは、スタンフォード大学在籍時の恩師・フランス人哲学者のルネ・ジラール。模倣と競争をテーマとする研究を世に多く出しています。ジラールの主張によれば、人間の行動は「模倣」に基づいていて、他人が欲しがるものを自分も欲しがる傾向にある。よって模倣は競争を生み、競争はさらなる模倣を生む、と。
模倣こそ、僕らが同じ学校、同じ仕事、同じ市場をめぐって闘う理由なんです。経済学者たちは競争は利益を置き去りにするといいますが、これは非常に重要な指摘です。ジラールはさらに、競争者は自分の本来の目標を犠牲にして、ライバルを打ち負かすことだけに夢中になってしまう傾向があると言っています。競争が激しいのは、相手の価値が高いからではありません。人間は何の意味もないものを巡って必死に戦い、時間との戦いはさらに熾烈になるんです」p25
ティールは、自分の思想や行動が誰かの模倣になっていないか、それが競争という茨の道へとつながっていないかを常に自問自答し、他人に投資をするときにもそれを大きな基準の一つとしているのでしょう。(本書の中で、その姿勢がウォーレン・バフェットと比較されていたり)
WIRED元編集長の若林さんとの対談記事のタイトルもそのまんま。これも面白い記事。
シリコンバレーを離れるティール
大統領選あたりから、ティールに対するシリコンバレーからの風当たりは強まるばかり。そんな中で、彼は拠点をシリコンバレーからロサンゼルスやニューヨークに移そうとしています。
『ウォールストリート・ジャーナル』の記事によれば、いまのシリコンヴァレーは政治的に不寛容で極端に左傾しているのだという。反対意見はすべて排除されるような状況となっており、異なる視点を受け入れない文化は革新を妨げると考えたティールは移転を決意したのだと、記事には書かれている。 ティールはまた、シリコンヴァレーはワシントンから押し寄せようとしている規制の津波への備えができておらず、テクノロジーに新たな波を巻き起こすシリコンヴァレーの力は損なわれるだろうと警告するひとりでもある。
本書の中でも、スタンダード大学での雑誌出版(スタンフォード・レビュー)、Paypal、Palantirそれぞれの組織で、いかにティールが思想や得意分野が異なる人達とチームを築き、それを成長させてきたかについて書かれています。
プロダクト中心で、焦点を絞り込んだ上で即座に判断を下していく「アジャイル」な企業経営を続けてきたティールからすると、平準化されたエリートたちの閉鎖空間となったシリコンバレーでチームを作っていくことの魅力度はどんどん落ちているのかもしれません。
おわりに
↑の話の他にも、
のような話があって、最後の最後まで味わい尽くせる本でした。
小手先のスキル本よりも、異端の経営者、ピーター・ティールについて書いた本から学ぶことのほうが多いと思います。ぜひ。