『人間の土地』

 

最近、体調が悪く、読んでいろいろ考えたど。

いい本だなぁ。

 

"とはいうものの、やがて僕らも少しずつ気がついてくる、あの一人のあの明るい笑い声を、二度と聞く日はもうないのだと、あの庭園は永久に僕らのために閉ざされてしまったのだと。するとこのとき、はじめてぼくらにとってのまことの服喪が始まるのだ。それはけっして裂くような悲しみではないが、しかしどうやらほろ苦い。

 

何ものも、死んだ僚友のかけがえには絶対になりえない、旧友を作ることは不可能だ。何ものも、あの多くの共通の思いで、共に生きてきたあのおびただしい困難な時間、あのたびたびの仲違いや仲直りや、心のときめきの宝物の貴さにはおよばない。この種の友情は、二度とは得難いものだ。樫の木を植えて、すぐその葉蔭に憩おうとしてもそれは無理だ。

 

これが人生だ。最初僕らはまず自分たちを豊富にした、多年僕らは木を植えてきた、それなのに、やがて時間がこの仕事をくずし、木を切り倒す年が来た。僚友たちが一人ずつ僕らから彼らの影を引き上げる。かてて加えて、僕らの喪に、今日以後、人知れぬ老いの嘆きが来て加わる。

 

これが、メルモスとしてそしてほかの者たちが、僕らに与えた教訓だった。ある一つの職業の偉大さは、もしかすると、まず第一に、それが人と人とを親和させる点にあるかもしれない。真の贅沢というものは、ただのひとつしかない、それは人間関係の贅沢だ。

 

物質上の財宝だけを追うて働くことは、われとわが牢獄を築くことになる。人はそこへ孤独の自分を閉じ込める結果になる、生きるに値する何ものも購うことのできない灰の銭をいだいて。

 

僕が、自分の思い出の中に、長いうれしい後味を残して行った人々を探すとき、生きがいを感じた時間の目録を作るとき、見出すものはどれもみな千万金でも絶対に購いえなかったものばかりだ。なん日とも購うことはできない、一人のメルモスのような男の友情も、相携えて艱難をしのぐことによって永久に結ばれたある僚友の友情も。

 

あの飛行の夜と、その千万の星々、あの清潔な気持ち、あのしばしの絶対力は、いずれも金では購いえない。

 

難航のあとの、世界のあの新しい姿、木々も、花々も、女たちも、微笑も、すべて夜明け方ようやく僕らが取り戻した生命にみずみずしく色づいているではないか。この些細なものの合奏が僕らの労苦に報いてくれるのだが、しかもそれは黄金のよく購うところではない。

 

そしてまた、いま思い出にのぼってくる、不帰順族の領域内ですごした、あの一夜にしても。"

 

サン=テグジュペリ「人間の土地」より『僚友』(p44-46)