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"もし世の終わりに裁かれるなら、僕が本当の人生を生きてきたかどうかで判断してほしい"

”脳手術の前の晩、僕は死について考えた。僕は自分の一番重要な価値観とは何かを探り、自分に問うてみた。

もし死ぬのであれば、徹底抗戦して死ぬのか、それとも静かに降伏するのか。

自分のどんな面を人に見せて死にたいのか。

自分に満足しているのか。これまで人生で何をしてきたのか。

僕は本質的には良い人間だと思う。もちろんもっと良くもなれたが。でもそれと同時に、癌はそんなこと全く気にしないこともわかっていた。

 

僕は何を信じているのだろう。僕はあまり祈ったことはない。強く希望したり、強く願ったりしたことはあったけれど、祈りはしなかった。

子供のころに、宗教に関しては疑問を抱くようになっていたが、いくつかはっきりとした信念を持っている。簡単にいえば、僕は、自分が良い人間になる責任があると信じているし、勇敢で正直で勤勉で高潔な人間になろうと努力もしてきた。その上、家族に優しく、友人に誠実なら、そして社会にお返しをし、嘘をついたりだましたり盗んだりしていないなら、それで十分だと思った。

もし世の終わりに裁かれるなら、僕が本当の人生を生きてきたかどうかで判断してほしい。ある書物を信じているかどうかや、洗礼を受けているかどうかではなく。もし本当に「神」がいるなら、僕の人生の終わりに、「でもお前はクリスチャンではなかったではないか。だから地獄へ行くのだ」なんていうこと入ってほしくない。もしそう言われたら、僕はこう答える。

「どうぞご勝手に」”

ランス・アームストロング安次嶺佳子訳 「ただマイヨ・ジョーヌのためでなく」講談社

ただマイヨ・ジョーヌのためでなく

ただマイヨ・ジョーヌのためでなく

 

夢を聞かれたときに職業を答えたり、将来のことがほとんどキャリアの事だったり、

それを軸にするっていうのも選択肢の一つなんだけど、

追うべきはもっと信条に近いものなんじゃないかって。